2018年12月16日

知っていますか?、香川県独立の父

 知っていますか?、香川県独立の父。
実は僕もテレビで見るまで知りませんでした。
「そんな人がいたの?」、って感じ。
これはパネル展を見に行かなくっちゃ。


その人の名は、中野武営(ぶえい)である。

 高松市の県立ミュージアム(玉藻公園の東隣)でじっくりパネルを見、資料もいただく。
例によって撮影は禁止(美術館などはこういうのが多い)。
故に写真は資料の一部から。

 皆さんご存じの通り、明治になり「廃藩置県」で全国の藩はなくなり、県ができた。
香川でも明治4(1871)年に高松県が設置されたが、あとで徳島とつながり名東県に。
その後、香川県として1つの県になったが、今度は愛媛に編入され愛媛県の一部に。
そして、香川県として3度目の独立に貢献したのが中野武営。

 彼は幕末、嘉永元年(1848年)に高松藩士の子として生まれ、才覚を表して高松県の官吏になる。


そして実力を評価され、中央官庁に登用、大熊重信(写真)など中央との人脈が出来る。

その後、愛媛県の県会議長となり、 明治21(1888)年、香川県の独立を実現させた。
一番遅く出来た県である。




 それだけでなく、衆議院議員として7回当選、財政通として予算委員長にも就任。

中央でも才能を発揮したが、のちに「郵便制度の父」前島密(写真)の後任で鉄道会社の社長として実業家になる。
明治38年(1905年)には渋沢栄一の後任で東京商業会議所会頭に選出され13年勤める。
東京株式取引所の理事長にも就任した。(明治33年から12年間)


(左・中野武営、右・、渋沢栄一)

 その他、緊張状態だったアメリカへ「平和の使者」として渡米し、大統領に会うなど日米親善に寄与する。


地元香川では、香川新報社(現、四国新聞)、第百十四国立銀行(現、百十四銀行)、讃岐鉄道(現、JR四国)、高松電気軌道株式会社(現、琴電)、

高松電灯株式会社(写真・現、四国電力)などの設立に関わり、黎明期の香川県や高松市の発展に尽力された人である。

 以上、簡単に述べたが・・・、なぜ今まで県民に知られなかったのか?、少し不思議な気がする。
長い間、東京にいたからかも。

僕が思うに、郷土の発展に尽くした人として、地元の教科書に載っても、または教材として話が出ても良いのでは・・・。

 興味のある方は、県立ミュージアムで見て下さいね。
会期は12月24日まで。

 (僕の入手した資料はログハウスの本棚に置く予定でいます)
 
  


Posted by 風(ふう) at 09:56Comments(0)イベント、講演会