2015年08月22日
戦後70年・・・ 本当の終戦日は?
僕は戦後に生まれた、よって戦争の体験はない両親は戦後に朝鮮から引き揚げ帰ってきた)。
今年70年という節目、テレビなどで色々の情報が入ってくると、「えっ!」 と思うような事が多かった。
8月15日で戦争は終わった、と思っていたが、実際はその後1週間の間に多くの人が戦争で亡くなっていたのだ、その数3千人以上。
特攻隊も出撃していた、その中に女性が乗った飛行機もあったとの事。
驚いた。
「なぜ?」 彼らは引き上げ途中の民間日本人を救うため飛び立ったのだ。
70年経ったからこその情報もある、僕が今まで知らなかった事があまりにも多かった。
この田舎でも米軍機の機銃放射で数名の人が亡くなった、もちろん村人、民間人だ、子供も含まれる。
悲しいことだよね。
完全に武装解除命令が出て、戦争が終わったのは8月22日。
それまであちこちで戦闘状態だったのだ。
今も世界で起きている内戦などで、休戦といいながら撃ち合っているのを見ると納得もできる。
当時の日本でもヘタをすると軍のクーデター問題も起こりかねない状態だったようだ。
映画などで有名になった ”永遠の0” そのモデルとなる人がいたらしい。
(僕の推測ではあるが2人)、「あっ、この人はあの登場人物のモデルだな」って感じたよ。
原本はフィクションであるが,書かれていることの多くが実際に行われていたのだろうと思われる。
また別のことだが、玉音放送後、集団で自決しようとした部下たちを 「これからの日本復興に尽くせ!」 と言って思いとどまらせたり、上官に逆らい出撃せず、部下の無駄死にを防いだ若き将校もいたのだ。
彼らはまだ20代の若さ、すごい判断力と勇気を持っていた、僕にはとうてい出来ないことだ。
沖縄では全戦没者20万人、そのうち沖縄県民が12万人、本土防衛の犠牲になった。
沖縄の人たちに大きな苦しみを与えた、あわれである。
いくつかの番組で戦争の悲惨さも伝わってきた。
戦争を終わらせるべく発足した鈴木内閣、この人もスゴイ!。
元軍人であり、天皇の侍従長も経験した人物だったからこそできた事。
でも意見が分かれてなかなか纏まらず、最後は天皇の決断で収まった。
日本は分断し、4ヶ国の植民地となるのを免れたのだ。
その後いさぎよく内閣は解散。
もし4つに分断されていたら今の朝鮮半島以上に悲惨、現在の繁栄も豊かな暮らしもあり得なかっただろう。
愚かな戦争を起こした人がいる反面、日本の国や人命を守ったすばらしい人もいたんだなあ。
つくづく思った。
現在、政治家も含め国民の8割が戦争を知らない(体験がない)人たちだ。
戦争の悲惨さを忘れないためにも記録を残し、語り継ぎ、2度と同じ過ちを起こさない!
これが私たちの使命とも感じた。
”平和憲法9条”は単なる飾りではない。
これがあったればこそ70年間戦争をしなかったし、巻き込まれもしなかった。
日本人が海外旅行やビジネスで外国に行っても、比較的に安心していられるのもこれがあるから。
{戦争をしない国」 だから。
今の日本にとって大事なモノと僕は思うがどうだろう。
でも、人間だけがなぜ戦争をするのだろう?
他の動物より”愚か者”なのかな?
今年70年という節目、テレビなどで色々の情報が入ってくると、「えっ!」 と思うような事が多かった。
8月15日で戦争は終わった、と思っていたが、実際はその後1週間の間に多くの人が戦争で亡くなっていたのだ、その数3千人以上。
特攻隊も出撃していた、その中に女性が乗った飛行機もあったとの事。
驚いた。
「なぜ?」 彼らは引き上げ途中の民間日本人を救うため飛び立ったのだ。
70年経ったからこその情報もある、僕が今まで知らなかった事があまりにも多かった。
この田舎でも米軍機の機銃放射で数名の人が亡くなった、もちろん村人、民間人だ、子供も含まれる。
悲しいことだよね。
完全に武装解除命令が出て、戦争が終わったのは8月22日。
それまであちこちで戦闘状態だったのだ。
今も世界で起きている内戦などで、休戦といいながら撃ち合っているのを見ると納得もできる。
当時の日本でもヘタをすると軍のクーデター問題も起こりかねない状態だったようだ。
映画などで有名になった ”永遠の0” そのモデルとなる人がいたらしい。
(僕の推測ではあるが2人)、「あっ、この人はあの登場人物のモデルだな」って感じたよ。
原本はフィクションであるが,書かれていることの多くが実際に行われていたのだろうと思われる。
また別のことだが、玉音放送後、集団で自決しようとした部下たちを 「これからの日本復興に尽くせ!」 と言って思いとどまらせたり、上官に逆らい出撃せず、部下の無駄死にを防いだ若き将校もいたのだ。
彼らはまだ20代の若さ、すごい判断力と勇気を持っていた、僕にはとうてい出来ないことだ。
沖縄では全戦没者20万人、そのうち沖縄県民が12万人、本土防衛の犠牲になった。
沖縄の人たちに大きな苦しみを与えた、あわれである。
いくつかの番組で戦争の悲惨さも伝わってきた。
戦争を終わらせるべく発足した鈴木内閣、この人もスゴイ!。
元軍人であり、天皇の侍従長も経験した人物だったからこそできた事。
でも意見が分かれてなかなか纏まらず、最後は天皇の決断で収まった。
日本は分断し、4ヶ国の植民地となるのを免れたのだ。
その後いさぎよく内閣は解散。
もし4つに分断されていたら今の朝鮮半島以上に悲惨、現在の繁栄も豊かな暮らしもあり得なかっただろう。
愚かな戦争を起こした人がいる反面、日本の国や人命を守ったすばらしい人もいたんだなあ。
つくづく思った。
現在、政治家も含め国民の8割が戦争を知らない(体験がない)人たちだ。
戦争の悲惨さを忘れないためにも記録を残し、語り継ぎ、2度と同じ過ちを起こさない!
これが私たちの使命とも感じた。
”平和憲法9条”は単なる飾りではない。
これがあったればこそ70年間戦争をしなかったし、巻き込まれもしなかった。
日本人が海外旅行やビジネスで外国に行っても、比較的に安心していられるのもこれがあるから。
{戦争をしない国」 だから。
今の日本にとって大事なモノと僕は思うがどうだろう。
でも、人間だけがなぜ戦争をするのだろう?
他の動物より”愚か者”なのかな?
2015年08月19日
ちょっとだけよ!
以前にちょこっと待避場を設けた我が家前から上の県道までの狭い道。
今回、畑の道沿いを削り少し道を広げた (写真、右側の黒っぽい部分)。
我が家の畑と向かい側の畑、どちらも道より高く、軽トラックが通ると人は畑に上がらねば車と交わせない状態だった。
写真左側のように草が生え、左右両方となるとますます通りにくくなる。
写真の手前側は道が下がった分だけ畑が高いので多めに削っている。
一番手前の右側が以前につくった待避場だ(草の生えている所、写真には一部しか入っていない)。
工事は夏休み前、借りていたユンボで削った土を軽トラに載せ10杯ほど運んだ。
1人では大変なのでJ君に手伝ってもらったよ。
その土はビオトープの埋め戻しに使用。
(写真はカメラの紛失で無くなった、ビオトープの時の写真で代用、同じユンボである)
畑にはサツマイモを植えていて、トラクターも入るので入り口は斜めに削り入りやすくした。
(左写真)
この作業は頼まれたわけではなく、「みんなが通りやすくなるなら」 と思ってやった事。
ただし、土地を無償で提供したのではない、とりあえず通らせてあげよう、というだけ。
広げた幅は60~80cm、長さは50m、面積は約10坪かな。
最近は畑も思うように管理ができていない、草を生やしておくよりは、少しでもみんなの役に立てばという気持ちである。
今年は暑さと水田の草取りなどで体がまいり、ユンボで荒削りしたままひと月近く放置していたが、先日地ならしも終えたのが最初の写真。
これで少し通りやすくなったかな?
東日本大震災のあと、「人の幸せってなんだろう?」 と考えるようになった。
もちろん自分の幸せも含めて、だが。
人間は自分1人だけでは生きられない、みんなと繋がっている。
震災の時の”絆”という言葉も印象に残った。
あの時、日本人の素晴らしさ、まだ捨てたもんじゃないなって感動したもんだ。
僕の出来ることなんてしれてるが、ほんの少しでも良くなり、みんなが喜んでくれれば。
そう願っている。
(逆方向からの写真)
こんな狭い道でも一応は市道、いずれはもっと広がるだろう。
それまで利用してもらおうかな。
2015年08月11日
草の中の野菜たち
草の中の野菜たち。
今年に限ったことではなく毎年のことではあるが。
自然農、といえば聞こえはいいが、僕の場合はほぼ自己流。
徳島のOさん宅へ何度か学びに行ったが不精者の僕だ、なかなか言われたことが出来ず、最近は「なんちゃって流」
その場その場で適当にやってしまう。
妻曰く、「手間をかけるのは種まきや苗植えまで、あとは放ったらかし」
その通り、結果として写真のような事が成立する。
実がどこにあるのか?その前に苗が育っているかどうかさえ忘れることがある。
台風が通過後、見に行くとトマトは支柱ごと45度傾きとなり畝のキュウリネットにもたれかかっていた。
(その時の写真は紛失したカメラで撮ったため今はない)
周りは草ぼうぼう、他の野菜もどこにあるのやら。
これで「野菜を作ってます」と言っても普通の人は???だろう。
「やっぱりあいつはおかしい」って言われるかも。
近所の農家の評価は?、まあ想像におまかせするわ。
自分でもこれではちょっと入る気がしない。
まず、草刈り機で溝のヶ所の草を刈ると畝が分かりだす。
この後は手鎌、手間が掛かるし腰も痛い、車付きの小さな椅子だと大分楽になるね。
刈った草は畝に寝かせておく、2,3日すると枯れて黄色くなる。
一度に全部はできないので、今日はこの畝、明日は隣って感じ。
昼間は暑いので昼寝、数日かけると野菜畑らしくなってナスが実っているのも見えてきた。
キュウリも草をかき分けなくてもちぎれるようになった。
まあ、一般の農家だと当たり前の事だけどね。
僕としては「ガンバッてやったぜ」という気になる。
収穫した野菜もその日によりまちまちだが、妻は喜んでくれる。
ほんのちょっとだけ家計の足しになると思っているのか、曲がったキュウリでも文句を言われないのが嬉しいね。
スイカは去年のネット覆いで味をしめ、今年は少し早めに被せたが・・・ 3個しか採れなかった。
考えてみると失敗。
「ミツバチがいなくなると人類は滅びる」なんていいながら、カラス対策ばかり考え、ミツバチが入れなくしていた。
防風ネットは目が細かいのだ、今頃気づくなんてバカだなあ。
来年は方法を考え直さなアカンでよ。
親戚から4個もらったので今年はこれでいいか。
(3つのサイズのトマト)
今年は珍しく台風が直撃、香川県では10年に1回ていどだろう。
トマトの支柱は倒れ、キュウリは大丈夫なのは、理由がある。
一つは大玉トマトがカラスに突かれ、対策で防風ネットをかけた事、風をまともに受けた。
「うちのトマトはそんなにウマイのかな」
でもミニトマトや中間サイズの「桃子」はやられていない。
キュウリのネットは支柱にU形のパイプを固定ししたので倒れなかった。
元々トマトの雨よけ屋根用に買ったのだが小さすぎ、支柱の補強に使ったのが良かったようだ。
ここは周りが水田で風を受けやすいもんね。
今年ひとつ良いことがあった。
初めてメロンが実ったこと。
以前はキュウリと同じ畝に植え、せっせと水をやってたが、これが間違い。
メロンはトマトと同じく水が少ない方が良いとのこと。
トマトの畝に植えたのが幸いし実がなった。
高級品ではなく、一個数百円のものだが、自分で作れるとうれしい。
5,6個食べられそうだ。
枝豆も草に覆われていたが顔を出した。
僕のような不精者でも少し手間をかければ何とかなる。
これが野菜作りの楽しみだね。
自給自足なんてとても言えない「自給不足」だが、マイペースでいくか。
DIYにしろ、野菜づくりにしろ、周囲の意見をあまり気にしない。
だからやっていられる。
これが僕流かな。
2015年08月04日
夏を涼しく過ごす方法
梅雨が明けると暑い日の連続。
どうしたら涼しくすごせるか?
「そんなのクーラーをかければいいじゃん」
そのとおり、でもそれだけじゃ味がない、僕としてはもう少しエコな方法をやりたいんだなあ。
特にシニアといわれる人たちはエアコンが苦手、エアコンが効いた部屋から外に出ると体がだるくなる。
これは温度差による体調変化、それに電気代も嵩むし。
そこで、
① クーラーと扇風機を併用する方法がお勧め、部屋の一部だけでなく、全体に風を送り、結果、部屋全体が快適になり電気代もお得。
扇風機は1時間30w程度、エアコンの温度を1度変えると200w以上なので効果がある。
② 温度が下がったらOFF、上がればONの繰り返しは電気のムダ使い、温度の上げ下げで調整、少しの間部屋を出るのに一々エアコンを止めない、同じ温度を維持する方が電気代はいらないから。
③ エアコンを付けていても暑いと感じたとき、風量をあげる、同じ温度でも風がくれば涼しく感じるのだ。これは①でも同じ、風があれば体感温度が3度ちがうそうだ。
クールシェアなんてのもある。家族が一室に集まると、冷房も一ヶ所で済む。 また図書館などを利用すれば家の電気代も浮くってもんだ。

次に紹介するのは外からの熱を防ぐ対策。
④ 太陽の熱は窓から70%入ってくる。窓の外によしずや遮光ネットを取り付けると温度が下がる。そしてベランダなどの場合、そこも覆っておけば反射熱も防げる。

⑤ よしずの場合、裏側に霧吹きで水を拭きかけると蒸発で熱を奪い効果あり。

(右写真、手作りの日覆いとアサガオのカーテン)
⑥ 緑のカーテンはよく紹介されるが葉の蒸散作用によるもの、見た目にも涼しく感じ一石二鳥。
⑦ 打ち水は効果があるが、日中はすぐに蒸発して温度が上がる、日没後にやれば効果が出るね。
先日テレビでスゴイのを見た。

⑧ 雨水を床下のタンクに溜め、それをポンプで天井に上げ、水をチョロチョロ流す、冷放射パネルといって水漏れしない天井。
(写真は天井と屋根の図、通風用の開口部がある)
蒸発作用で天井が冷やされ、室内も快適になる。これは新築や改造をしないとダメだけどね。
これをまねて、屋根に打ち水なんてのはどうだろう、二階建てだと水が届かないかな。

⑨ 置き屋根というのもある。屋根を二重にし、下屋根に熱が来ないようにする方法、隙間が20cm以上あると効果が出るようだ。
写真のは50cm以上ありそう。(雑誌チルチンびとより)

⑩ 最近はあまり見かけないが古民家では屋根の一部がが飛び出た家があった。これも屋根裏の熱をうまく逃がす方法だ。
さて我が家では、というと
以前にも紹介したが

、① 玄関前の日覆い、下のコンクリートが暑くなるのも防げ、もう10年ほど前から実施。
庭を抜ける風が玄関の網戸から家に入ってくる。
風の通り道を作っておくのも大事。

② 屋根裏に穴を開け、風が抜けるようにもした。

③ 廊下の欄間を通気口に変更、防犯上も高さ20cm程でOK、夜も開けっ放し、冷気が入って夜の蒸し暑さを緩和してくれる。
④ 最初の写真3枚は遮光ネットやすだれと緑のカーテン。
⑤ 打ち水は日没後に。風呂の残り湯を使うこともある。最初に打った水は数分で乾くのでその後もう一度打つと効果あり、風もよび涼しく感じるよ。

⑥ もう一つは夏を楽しむ、ってのはどうかな?
写真のスイカは我が家の外井戸で冷やしている(白い袋に入っているのがスイカ)、今頃は冬でもスイカがあるが、やはりおいしいのは夏、視覚的にも井戸で冷やすのは気持ちよさそう。海水浴だって夏だからイイ!ってもんだ。
なんであれ夏しかできない事をやるのもいいんじゃない。
どうしたら涼しくすごせるか?
「そんなのクーラーをかければいいじゃん」
そのとおり、でもそれだけじゃ味がない、僕としてはもう少しエコな方法をやりたいんだなあ。
特にシニアといわれる人たちはエアコンが苦手、エアコンが効いた部屋から外に出ると体がだるくなる。
これは温度差による体調変化、それに電気代も嵩むし。
そこで、
① クーラーと扇風機を併用する方法がお勧め、部屋の一部だけでなく、全体に風を送り、結果、部屋全体が快適になり電気代もお得。
扇風機は1時間30w程度、エアコンの温度を1度変えると200w以上なので効果がある。
② 温度が下がったらOFF、上がればONの繰り返しは電気のムダ使い、温度の上げ下げで調整、少しの間部屋を出るのに一々エアコンを止めない、同じ温度を維持する方が電気代はいらないから。
③ エアコンを付けていても暑いと感じたとき、風量をあげる、同じ温度でも風がくれば涼しく感じるのだ。これは①でも同じ、風があれば体感温度が3度ちがうそうだ。
クールシェアなんてのもある。家族が一室に集まると、冷房も一ヶ所で済む。 また図書館などを利用すれば家の電気代も浮くってもんだ。
次に紹介するのは外からの熱を防ぐ対策。
④ 太陽の熱は窓から70%入ってくる。窓の外によしずや遮光ネットを取り付けると温度が下がる。そしてベランダなどの場合、そこも覆っておけば反射熱も防げる。
⑤ よしずの場合、裏側に霧吹きで水を拭きかけると蒸発で熱を奪い効果あり。
(右写真、手作りの日覆いとアサガオのカーテン)
⑥ 緑のカーテンはよく紹介されるが葉の蒸散作用によるもの、見た目にも涼しく感じ一石二鳥。
⑦ 打ち水は効果があるが、日中はすぐに蒸発して温度が上がる、日没後にやれば効果が出るね。
先日テレビでスゴイのを見た。
⑧ 雨水を床下のタンクに溜め、それをポンプで天井に上げ、水をチョロチョロ流す、冷放射パネルといって水漏れしない天井。
(写真は天井と屋根の図、通風用の開口部がある)
蒸発作用で天井が冷やされ、室内も快適になる。これは新築や改造をしないとダメだけどね。
これをまねて、屋根に打ち水なんてのはどうだろう、二階建てだと水が届かないかな。
⑨ 置き屋根というのもある。屋根を二重にし、下屋根に熱が来ないようにする方法、隙間が20cm以上あると効果が出るようだ。
写真のは50cm以上ありそう。(雑誌チルチンびとより)
⑩ 最近はあまり見かけないが古民家では屋根の一部がが飛び出た家があった。これも屋根裏の熱をうまく逃がす方法だ。
さて我が家では、というと
以前にも紹介したが
、① 玄関前の日覆い、下のコンクリートが暑くなるのも防げ、もう10年ほど前から実施。
庭を抜ける風が玄関の網戸から家に入ってくる。
風の通り道を作っておくのも大事。
② 屋根裏に穴を開け、風が抜けるようにもした。
③ 廊下の欄間を通気口に変更、防犯上も高さ20cm程でOK、夜も開けっ放し、冷気が入って夜の蒸し暑さを緩和してくれる。
④ 最初の写真3枚は遮光ネットやすだれと緑のカーテン。
⑤ 打ち水は日没後に。風呂の残り湯を使うこともある。最初に打った水は数分で乾くのでその後もう一度打つと効果あり、風もよび涼しく感じるよ。
⑥ もう一つは夏を楽しむ、ってのはどうかな?
写真のスイカは我が家の外井戸で冷やしている(白い袋に入っているのがスイカ)、今頃は冬でもスイカがあるが、やはりおいしいのは夏、視覚的にも井戸で冷やすのは気持ちよさそう。海水浴だって夏だからイイ!ってもんだ。
なんであれ夏しかできない事をやるのもいいんじゃない。